佐々木義法(ささきよしのり)

1965年 北海道札幌市生まれ

 

真冬の札幌で生まれ、6歳までを札幌で過ごしました。

この頃から、どちらかというと思索に耽るタイプで、幼稚園にはろくに通わず、
団地の窓から遠くを眺めていることが多かったことを憶えています。
(今なら「引きこもり」と言われるのかな?)。


父親の仕事の都合で、小学校入学と同時期に岐阜へ、
そして、小学3年生になる時には大阪へと引っ越しました。
その後は大阪なので、本人は丸っきり大阪人だと思っているんですが、
傍から見るとあまり大阪人には見えないらしいです。
道産子特有の色白のせいもあるし、引っ越しのせいもあって、言葉が色々と
混ざってしまい、大阪人らしくないらしいです。
その後、中学・高校・大学と大阪で過ごしました。


中学・高校は器械体操部で部長。

いわゆる体育会系の部類に入りますが、器械体操は基本、個人種目なので、
球技のような体育会とはちょっと感じが違います。
高校時代、部長をやっている時に団体で優勝したことがあるんですが、
個人的な成績としては、後輩に負けたりして(笑)、そういう面が
団体競技とは違うんでしょうね。


高校から大学にかけての夢はスタントマンかミュージシャン。

中学3年の文化祭でバンドデビューをしたんですが、その後、高校でも
クラブ中心の生活でした。
しかし、たまたま怪我をして、体操が出来ない時期に文化祭の季節に
重なって(笑)・・・・
クラブを休んで、文化祭に出るべくバンド活動をしてたら、先輩に
怒られて(笑)・・・なんてこともありましたが、当時はスタントマンか
ミュージシャンが夢だったんです。
実は、高校3年の時、当時アクションスターを輩出していたスタントクラブ、
JAC(ジャパンアクションクラブ)のオーディションを受けたんです。
千葉真一、野際洋子、真田広之、志保美悦子など、超豪華スターの
面前3メートルの位置で面接を受けたんです。
もう、憧れのスターが目の前にいて、オーラが半端ないわけです。
直視するだけでも必死だったんですが、面接なので色々と聞かれるわけです。
質問に答えている内は良かったんですが、
千葉さんに急に「○○(体操技)をしてみろ」と言われて・・・・。
で・・・・
やったんですが、緊張してたんでしょうね。
危うく千葉さん達の方に倒れて突っ込んでいきそうになったんです。
「これで落ちたな」と思ったんですが、何故か奇跡的に合格(笑)。
けれど、当時患っていた腰の故障がばれて、完治するのに2年は
かかりそうということで、相談して結局スタントマンの道は諦めました。
その時期の2年というのはスタントマンになるには重要だったんですね。
2年も無駄にしては無理と・・・。
結局、断念して大学進学へと転向したんです。
大学は、関西大学法学部法律学科。
名前が「義法」なので法律家を目指してもいいかと(笑)。
しかし、勉強はそこそこに、音楽活動(ロックバンド)や学園祭での演劇企画、
時には、真面目なセミナーを企画・運営するなど、結局、何かを仕掛けて
作って行くということが好きだったようですね。
4年間、毎日本当に忙しかった。今も昔も変わりません(笑)


そして、大学卒業後、銀行に入行。

ひょんなことから、一番考えていなかった銀行に入ってしまったんです。
新人研修後、営業店での融資課を1年間経験して、2年目から融資渉外
(融資営業)を担当したんです。
この時の経験が独立のきっかけなんです。
普通、新人は個人のお客さんを担当するんですが、私の場合は初めから
法人客が中心だったんです。
すると、会うのは経営者ばかりです。
ろくに銀行業務や金融の知識もないのに、いきなり経営者相手ですから、
それはもう大変だったんです。
話についていけるように勉強する必要もありましたけど、それ以上に、
「経営者とは何ぞや」というところの理解なくして、信頼関係を築けるわけが
ないと思って、まずは経営者の方の人生を聞くことから始めたんです。

簡単な話です。
何故経営者になったのか?
どういう経緯で今の事業をすることになったのか?
これを聞くだけです。
ところが、これが非常に勉強になったんです。
その人の生き様を教えてもらうわけですから、もうそれはそれは面白いし、
為になる。
すると、その「経営者の魅力」に参ってしまったわけですね。
「俺もこんな生き方がしたい!!」と・・・。
で・・、今があるわけです。(笑)
しかし、その当時のそのやり方は仕事的にも非常に良かったんです。
「経営者自身に興味を持って色々と聞いてくる銀行マンはいない」ということで、
経営者が色んなことを教えてくれるようになり、同時に、色々と相談もしてくれる
ようになりました。
結果、可愛がってもらえるようになって、こちらからの無理な頼みごとも
聞いてもらえるようになったんです。
そのおかげで、6年程の営業店勤務において、常に成績優秀者として連続表彰を
受けることが出来たんです。
とにもかくにも、この2年目の銀行員の経験が、私の将来の目標を決める
決め手になったのは間違いありません。
銀行員生活の後半では、本部人事部付けで融資開拓支援担当として、
各営業店の融資開拓の支援を担当して、その後、自身も営業店勤務となり
新規開拓専門の担当者として銀行全体の中でトップクラスの成績をあげ、
表彰も多数頂きました。
もう、この頃には独立すると決めてましたので、経営者の目でお客さんと
接してましたから、新規開拓が難しくなくなってました。
他の銀行員が「お金借りて下さい〜」なんてやっている時に、
「御社はPCのシステムを導入することでこれ位効率がよくなります。
詳しい企画をご提案しますから、納得いけばその開発費を当行で
融資させて下さい」みたいなことを、他の業界の人と組んでやってたんです。
まだインターネットが使えるかどうかという初期のころにやってましたから、
お客さんからは普通の銀行員とは思われなかったんです(笑)。
だから、初めてでも経営者に会ってもらえたんですね。
他の銀行マンは「経営者に会えない」と悩んでいた時代です。
そんな時代を経て独立に至ったわけですが、実は、銀行を辞める前に2年間、

財団法人で行政や財界の仕組みを学びました

退職の3年程前、銀行からの出向という形で財団法人大阪21世紀協会に
籍を置きました。
この財団は、御堂筋パレードなどを企画していた所で、大阪府、大阪市、
関西の経済界などによる財団です。
私が担当したのは、丁度、関西国際空港の開港の前年に当たっていた
ということもあり、関西国際空港の開港(1994年)の前後2年における
開港告知PR事業でした。
関西圏の自治体(大阪、京都、兵庫、三重、奈良、徳島、和歌山、福井)並びに
関西経済連合会、大阪商工会議所などをメンバーとする「関西国際空港開港
記念キャンペーン推進協議会」の運営事務局の中心メンバーとして、自治体、
経済界の調整役を務める他、PRキャンペーン事業の企画運営を行い、
国内はもとより、海外(ロンドン、韓国等)においても多数のPR事業を行いました。
その間に学んだことが、行政と財界の仕組みです。
何故、日本がこうなのかという実態を知る機会になりました。


そして、独立


97年、遂にサラリーマン生活に終わりを告げ、企業向けの各種企画・
コンサルティング業にて個人創業。
後に有限会社ル・プランへと法人化し現在に至ります。
その間に、世界的コンサルタントでもある大前研一氏主宰のビジネススクール
「アタッカーズビジネススクール」にて学びました。4期卒業生です。

併せて、経済学を学ぼうと発起し、慶應義塾大学経済学部(通信)に入学しました。

そして、新たな挑戦「DNA鑑定」を起業

有限会社ル・プランと並行して、DNA鑑定(遺伝子による個人識別検査)を行う
会社「株式会社プローヴァ」を設立しました。
国内最初期の民間DNA鑑定企業として各種メディアにも取り上げられ、テレビや
ラジオにも出ることになりました。
現在も、裁判所からの案件を中心に鑑定受託しており、業界内の信頼性は
高いと自負しています。


基本は他人がやらないこと、今までにないものを生むこと

独立から現在までを振り返ると、指紋を使った商品企画や、DNA鑑定の
ビジネス化など、基本的には他人がやらないことや今までになかったものを
目指して来たんだと思います。
傍から見ると「変なことやってる」と見えるようですが、本人は至って真面目。
面白くないことはやりたくないので、今後も、「一味違う」ビジネスを目指していきます。
そうは言っても

当たり前にやることの大事さは知ってます。

企業のコンサルティングを多数行ってきて思うことは、
「当たり前のことをやっていない企業が多い」ということです。
ここ数年、再生案件を中心に扱ってきたんですが、状況の悪い会社というのは、
決まって当たり前のことが疎かにされています。
例えば「挨拶」。
お客様に対する挨拶はもちろんですが、社内での挨拶がちゃんと出来ていない
会社が多いんです。
挨拶は元気の源です。
「挨拶一つで会社が変わる」なんていうこともあります。

これからは

「もっと企業の役に立ちたい」「個人の夢の実現に関わりたい」

と思って、今年2014年はいくつかのプロジェクトを立ち上げます。
その一つが、「SAMURAI-Z」。
要するに、税理士さんの力を借りて、まずは「大阪の企業を成長させる」
そして、「大阪から元気を広げよう!!」という企画なんです。
ここ数年のコンサルティング案件で感じてきたことは、「経営者のサポートを
出来る人の存在の必要性」ということでした。
当社がお手伝い出来るクライアントには数に限りがあります。
だから、税理士さんが重要だとわかったんです。
税理士さんには、既に顧問先という企業が多数あるわけです。
税理士さんが顧問先を成長させる具体的な行動をしてくれたなら、
凄いことになるかも・・・。と思ったのがこの企画の始まりです。
もちろん、簡単ではないことくらいはわかっています。
けれど、税理士さんを中心に100人以上の士業が、同じ志を持って進んだら、
何か出来ると思いませんか?その可能性にかけてみたいんです。

自分の夢や目標は

元々趣味は、ギターを弾くことと、木工工作(木で小型の家具や雑貨など
色んなものを作ること)、
そして、スポーツ全般(最近はやるのはきついですが)。
特に、ギターは、最近になって数年ぶりにバンドを作り、活動を徐々に
進めています。
今後のライブ活動が当面の楽しみです。
そして、その先に、
「60歳までにコンテストなどで入賞しメジャーデビュー」が夢です(笑)。
とにかく音楽に関わる活動やビジネスがしたいです。
スポーツは段々と自分でやるのがきつくなってきたんですが、それでも、
ここ数年、地域の幼稚園・小学生相手に器械体操を教えるなど、
地道な活動もやってます。
「逆上がりの出来ない子が出来るようになる」ような、その瞬間の子供の笑
顔と達成感。
そして、その時の親の驚きと喜び。
理屈ではなく、この瞬間が感動なんです。

仕事でも感動したい!!

この逆上がりの例と同じで、仕事でも感動したいんです。
自分自身もそうですが、クライアントが壁を乗り越えた時、目標を達成した時の
喜びを大切にしながらやっていきたいです。
そういう自分であり続けたいと思います。